書評家 「近代小説の主人公はダメ人間ばかり。ダメ人間はコンテンツとしては魅力的すぎる」


:2014/04/02(水) 17:00:25.87 ID:grN/O0FK0 ?PLT(12345) ポイント特典

目次には『ボヴァリー夫人』を筆頭に、『カラマーゾフの兄弟』『舞姫』『トニオ・クレーゲル』『坊っちゃん』『グレート・ギャッツビー』(本書で底本とした小川高義訳には〈ッ〉が入るんだなー)
『シャイニング』『存在の耐えられない軽さ』など、定番然とした名作の名前、谷崎潤一郎やノーベル賞作家バルガス・リョサなど、人目を引く作家名が並んでいる。
あとがきでは宇野浩二の『屋根裏の法学士』にかこつけて、豊崎さん自身のダメ要素が告白されている。

さて、名作というものは、名作名作と奉られていることによって敷居が無駄に高くされてしまっているものだ。本書では、いくつかの作品を対象とする章において、
〈矢印で読む名作の粗筋〉という手法を駆使して、作品の敷居をぐんと下げて、「で、結局はどういう話なの?」という乱暴な問いにも答えてくれている。

豊崎さんの読みにかかれば、成人して作家となったトニオ・クレーゲルの、いい齢こいて中2のまんま感(←僕はこれ、我がこととして共感できる)とか岩野泡鳴『毒薬を飲む女』の主人公の
〈ジコチュー〉っぷり、ギャッツビーの〈夢みる夢男くん〉具合などが白日のもとにさらされる。
(略)
豊崎さんにこう言われてみると、ダメ人間というのはおそろしくコンテンツ力を持っていることがわかる。
コンテンツ力といえば昭和の漫画。そういえば『猫と庄造と二人のおんな』は『ブラック・ジャック』に、『ガラスの動物園』は『七色いんこ』にと、手塚治虫の人気作品のモティーフとして
取りあげられたことがあった。

物語文学にもいろいろあるけれど、古代・中世の叙事詩(『オデュッセイア』とか『マハーバーラタ』とか『ロランの歌』とか)と近代小説とは、いろいろ違っている。
大きな違いのひとつは、前者では常人を超えた偉大な人々(英雄)のことを語っていたのにたいして、後者では、どちらかというと「ふつうの人」がメインになっているということだ。
『まるでダメ男じゃん!』を読んで思い知らされる。「ふつうの人」とは、原則として、「ダメな部分を抱えている人」ということなのだ。近代小説の歴史はダメ人間の歴史、というわけである。

http://news.ameba.jp/20140401-162/


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